2017年10月10日火曜日

腐儒の言語学 (130) 「テーシャツ」と「ティーシャツ」…音韻的な価値について





Q.「テーシャツ」「シーデー」と発音する人は、「ティーシャツ」「シーディー」と聞いたとき、頭の中でどのように理解しているのですか? 


A.「テーシャツ」「シーデー」。

実は、あまり困らないのです。

「ティ・ディ」などの外来音で、音の聞き分けができないと、単語の判別がつかない場合と言うのは、そう多くありません。

こういう状況を、「音韻的な価値が低い」と言います。

例えば、日本語では促音の後に濁音がくることが少ないので、「鞄」をさして「バッグ」ではなく「バック」と言うことがしばしばあります。

この場合、別の「バック」(背景・後・背中)と区別がつかなくなるのですが、意味を取り間違えることがどれだけあるでしょうね。 


(2005年07月15日)





2016年10月31日月曜日

腐儒の言語学(129)  発音・清濁の対立



Q.「か」は「が」(有声化)しても口が閉じない(調音点が同じ)のに、「ふ」が「ぶ」になると、口を閉じない(調音方法がかわる)と言えない。何か理由があるのか? 



A.「k」と「g」は、ともに、軟口蓋・破裂音です。

前者は「無声」後者は「有声」の一点だけが違います。

声帯の振動以外の、音のつくりは全く同じです。


しかし、「f」と「b」は、調音点が唇であることだけが共通点で、他は全然ちがいます。

「f」は、両唇・摩擦音・無声で、「b」は、両唇・破裂音・有声です。だから、口の動きも違います。 


実は、ハ行とバ行は、清濁の対立の点で、音声上破綻しています。

濁音「b」に対して理論上予測される清音は「p」です。歴史的に、日本語のハ行音は「p>f>h・f」の変化を生じ、「p」の音がなくなってしまいました。

その結果、音声的には対応しない音が、音韻上清濁の関係にあると位置付けられることになっています。 

 (質問のしかたは分かりにくいが、着眼点はするどい) 

腐儒の言語学(129) 「ばか」「ばかじゃないの」




Q.同じ単語でも、次に来るコトバで、音が変わるのはなぜ? 


 例.「ばか」「ばかじゃないの」 


A.語頭にくらべて、語中の音は単語の弁別に寄与する度合いが低いので、しばしば発音がゆるくなります。


「ば」は正確に発音されますが、「か」以下はゆるんでも通用します。


「ばぁじゃなぃろ」ぐらいゆるませても、いけそう。 

腐儒の言語学(128)  「ん」「っ」



Q.「ん」のほかに、実際の発音に違いがあるものは? 



A.「っ」促音も、違います。また、「きた(北)」「~です」の発音は、東京語の場合、ほとんど「kta」「des」となり、実際には母音が発声されていません。 



また、ほとんどの子音は後続する母音の種類によって、調音の位置がズレますので、厳密には違う音です。 

腐儒の言語学(127)  腹話術



Q.腹話術は口を動かさないで発音しているように見えるが、その音声は、厳密には日本語の発音と違うのか? 他言語でもできるのか? 


A.厳密には、


「①ほんの少し口を開き」

「②下あごを動かさないで」

「③唇の動きをみせないで」


発音します。


②により、母音の発音が窮屈ですが、舌の位置によって母音を区別してつくります。

そのため「あ」などは、微妙にくもって聞こえます。

子音は大抵出せますが、③により「唇」をつかう「パ行・バ行・マ行」が困難です(普通できません)。

うまいヒトは「上の歯」と「下唇」(英語の「f」と同じ)で、これらをつくります。 

 大半の音は普通の日本語の範囲ですが、本当はちがう音もあります。

それらを、つかう単語をつかわない、語頭に出さない、アクセントのつくところにおかない…など、発音のゆるみ・ズレを許容しやすいように工夫することが必要です。

技術よりも台本の方が大切かもしれません。 

ちなみに、どこの言語でもできますが、音とコトバの工夫は必要。 

腐儒の言語学(126) 自閉症と言語



Q.自閉症の方のための音声ソフトは開発されていないのか? 


A.自閉症にかぎらず、声を失った人のための発話装置はあります。


音が出る文字盤レベルのものから、文イントネーションまでつけられるものまであります(物理学者のホーキング博士が使っているようなやつ)。 


 自閉症の場合、前述の統合機能の問題以上に、情報への関りに問題があることが多いので、いかにしてコミュニケーションの場に立つか、の方が問題になることが多いと思います。 

腐儒の言語学(125)

Q.後天的に耳が聞こえなくなった人も、しゃべるとちょっと違う感じがするがなぜか? 


A.われわれは、つねに自分の発音を聞きながら、話しています。

つまり、自分の発声をとらえて、微調整が働くわけです。

その機能がないと、音の高低・強弱などが、少しずれます。

それが気にかかるわけ。