Q.日本人の頭の中では、一つに認識されている音を、違う音として認識する外国人の脳は発達しているのか?
A.もしそれが正しいとすると、上記のような区別ができない脳は、「発達していない」ことになります。
脳の発達とは関係なく、言語にはそれぞれ特徴のある「音のきまり」があるだけです。
また、「音が多い」ことがすぐれた言語であるわけではありません。音の習得に手間がかかるからです。
そして、単語の発音・聞き取りに注意を要しますので、「楽に」発音したり、聞いたりできません。「注意をしないとつかえない」道具は一般的ではありません。
音が少ないと、この点は楽ですが、一方で、単語が長くなる、発音がルーズになりやすいなどの弱点があります。
Q.自閉症の人達はなぜ筆談ができるのに、声に出して話すことができないのですか?
A.「自閉症」は、脳の障害に起因する、多様な症状の「コミュニケーション・認知・情報処理」障害です。
言語について言えば、まったくコトバをもたないものから、普通に会話できるものまで、さまざまです。
文字言語をもち、音声言語をもたないタイプも、その中にはあります。
この場合、頭の中に[音韻(音のイメージ)]:[語彙][文法]の言語の基本要素は具わっています。
そして、[音韻]を[文字]に[変換]して、[手]で[図形]を[書く]ことはできます。しかし、[音韻]を[音声(実際の音)]として実現するところに問題があると考えられます。
[音声]をつくるには、
①呼気
②声帯の振動
③下あごの位置
④口の形
⑤舌の位置
⑥舌の動き
…など異なる部位を、同時にコントロールしなければなりません。
いろんな動きをまとめあげた「統合運動」です。
健常者は、これを「無自覚」に行いますので、脳の中に「一連の身体の動き」として完全にセットしてあると考えられます。
もしも、「一連の身体の動き」をセットする部分(小脳・大脳運動野など)や、伝達経路に問題があれば、その実現は困難となります。身体を動かそうとしても、動かない状況が生じます。
例えば、何かの心理的または物理的なショックをうけると、体が動かない、声が出ない、などの体験をすることがあります。それと同じその状況に、つねにおかれている状態と推測することができます。
また、われわれが、音声体系の異なる外国語を、(訓練なしに)正確に朗読(音声化)しようとすると、その音声をつくる統合運動セットがないので、日本語のように「無自覚」にはできません。
「考えながら、つっかえながら、ゆっくりなのに間違えながら」読むことになります。
当然ですが、意のままにならないことに、たいへんストレスを感じます。この場合、その外国語を文字言語として、書いて・理解する方が、かなり楽です。
彼らのおかれている状況は、より苛酷ですが、文字言語の方が音声言語より容易であるメカニズムはそれと類似すると推測されます。
Q.言語によって動物の鳴き声が違うように表現されるのはなぜ?
A.第一に、動物の音声を写し取る道具、つまりコトバの音の種類と、可能な組み合せに違いがあるから。
第二に、それらオノマトぺの言語内での地位と、自由度がコトバによって違うから。
日本語は音が少ないけれども、オノマトぺは豊富で、しかも自由度が高いことが特徴。
この結果、さまざまな「音」を「言語音」として聴き取る習慣がある。
人間の脳には単なる「音」を処理する部位と「言語音」を処理する部位があるが、日本語話者は「風の音」「虫の声」まで「言語音」領域をつかっている(他言語ではあまりない)特異性がある。
よって、第三に、「脳」の情報処理の違い。
Q.コドモはコトバでも何でも覚えやすく、オトナは覚えにくい。
何歳頃から変化していくのですか?
脳のどの部分が変化するのですか?
A.簡単に言えば、どんどん物覚えは悪くなります。
脳の細胞レベルから、全体構造にいたるまで、変化します。
簡単な脳の発達の本でも読んで、自分の体験に照らしてみましょう。(説明が長くなるので省略)